事業承継税制はM&Aに使える?専門家がメリット・デメリットと活用時の注意点を徹底解説

後継者不在という課題を解決するため、M&A〈企業の合併・買収〉を検討される経営者様にとって、株式譲渡に伴う税負担は決して無視できない大きな壁です。

その対策として「事業承継税制」の活用が頭をよぎる方も多いのではないでしょうか。

しかし、同時に「そもそもM&A、つまり第三者への承継でこの制度は使えるのか?」あるいは「使えたとしても、将来のM&Aの選択肢を狭める足かせになるのではないか?」といった疑問や不安がつきまとうのも事実です。

本記事では、特定の金融機関や仲介会社に属さない完全に中立な立場のM&Aコンサルタントである私、高橋健一が、事業承継税制をM&Aに活用する際のメリット・デメリット、そして最も重要な「活用を判断する際の注意点」と「専門家の選び方」まで、売り手である経営者様の視点に立って徹底的に解説します。

【この記事の結論】M&Aで事業承継税制は使える?結論まとめ

項目結論・ポイント
M&Aでの適用可否一定の要件を満たせば利用可能です。特に「株式譲渡」によるM&Aが対象となります。
最大のメリット承継する株式にかかる贈与税・相続税の納税が100%猶予・免除されます。
主なデメリット・注意点手続きが非常に複雑で、専門家のサポートが不可欠です。また、承継後も5年間の雇用維持などの要件があります。
利用できないケース株式譲渡以外のM&Aスキーム(例:事業譲渡)や、親族外の第三者への承継では基本的に利用できません。
記事執筆者:高橋健一
中小企業のM&A、特に5億円規模の取引において、高橋健一は独立系コンサルタントとして揺るぎない存在感を放っている。大手金融機関でのキャリアから独立し、現在は「M&A 5億の扉」の専門家として、売り手経営者の立場に立った情報発信と助言を行う。
 
監修兼編集者:谷口友保
株式会社M&Aコーポレート・アドバイザリー
1971年埼玉県上尾市生まれ。1994年東京大学経済学部経営学科卒業、同年公認会計士2次試験合格。翌年同学部経済学科を卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。1996年にM&A専門の株式会社レコフへ。2007年、株式会社M&Aコーポレート・アドバイザリーを設立し代表取締役に就任。
目次

【結論】事業承継税制はM&A(第三者承継)で活用できるが「出口戦略」の視点が不可欠

まず結論から申し上げましょう。
事業承継税制は、M&A(第三者承継)を視野に入れている場合でも活用は可能です。

しかし、それは「無条件に推奨できる」という意味では決してありません。
この制度を検討する際は、必ず「出口戦略」、つまり将来的なM&Aの可能性まで見据えた上で、慎重に判断することが不可欠です。

M&Aのどのタイミングで活用する制度なのか

では、M&Aを考える上で、この制度はどのタイミングで関わってくるのでしょうか?

事業承継税制は、もともと親族内や従業員への承継を円滑に進めるために設計された制度です。
そのため、直接的に第三者である買い手企業へのM&Aで利用することは想定されていません。

活用が検討される典型的なパターンは、「一旦、後継者候補の親族(例えばご子息)に事業承継税制を使って株式を承継させ、その数年後にM&Aによって第三者に株式を譲渡する」という流れです。

これにより、一時的に納税負担を回避しながら、経営のバトンタッチを進めることができます。

なぜ「出口戦略」の視点が重要なのか

なぜ、私がこれほどまでに「出口戦略」を強調するのか。
それは、安易な制度利用が、将来のM&Aという重要な経営判断の足かせになりかねないからです。

この制度の最大のポイントは、税金が「免除」されるのではなく、あくまで「猶予」される点にあります。
そして、M&Aによる株式譲渡は、この納税猶予が打ち切られる代表的な要因なのです。

私が現場で見てきた中にも、目先の税負担を回避するために制度を利用したものの、数年後に絶好のM&Aの機会が訪れた際、猶予されていた多額の税金と利子税の支払いを懸念して決断できなかった、というケースが残念ながら存在します。

制度を利用する入口のメリットだけでなく、M&Aという出口で何が起こるのかを正確に理解しておくこと。
それが、後悔しないための第一歩です。

そもそも事業承継税制(特例措置)とは?基本を再確認

ここで一度、事業承継税制の基本についておさらいしておきましょう。
特に現在利用できる「特例措置」は非常に強力な制度ですが、その仕組みとルールを正しく理解することが重要です。

贈与税・相続税の納税が「猶予」され、最終的に「免除」される制度

事業承継税制とは、後継者が先代経営者から非上場会社の株式等を贈与または相続によって取得した際に、その株式にかかる贈与税・相続税の納税が100%猶予される制度です。

そして、その後、後継者が死亡した場合など、一定の要件を満たすことで、猶予されていた税額の納付が最終的に免除されます。

ポイントは、あくまで「猶予」がスタートであり、「免除」にたどり着くには長い道のりと条件がある、という点です。

特例措置の主な適用要件

特例措置を受けるためには、会社、先代経営者、後継者のそれぞれが以下の様な主な要件を満たす必要があります。

【図表挿入】

対象主な要件(抜粋)
会社・中小企業者であること
・資産管理会社に該当しないこと
先代経営者・会社の代表権を有していたことがあること
・贈与時に代表者を退任していること(贈与の場合)
後継者・贈与・相続時に18歳以上であること
・役員就任から3年以上が経過していること(贈与の場合)
・会社の代表権を有していること

※上記は主な要件の抜粋です。実際にはさらに詳細な要件があります。

2026年3月31日までの「特例承継計画」提出が必須

この非常に有利な特例措置ですが、利用するには時間的な制約があります。

制度の適用を受けるためには、2026年3月31日までに「特例承継計画」という書類を作成し、都道府県庁に提出して確認を受けなければなりません。

計画の提出期限が迫っており、検討している経営者様は早急な行動が求められます。

事業承継税制をM&Aと絡めて活用する3つのメリット

リスクについて先に述べましたが、もちろん戦略的に活用することで得られるメリットも存在します。
M&Aを視野に入れつつ、この制度を活用するメリットはどこにあるのでしょうか?

メリット1:後継者の税負担なく、一旦事業のバトンタッチが可能

最大のメリットは、後継者候補である親族などが、贈与税の負担なく自社株を引き継げる点です。

これにより、例えば「会長は創業者、社長はご子息」といった体制をスムーズに作り、経営の空白期間を生むことなく、来るべきM&Aに向けた準備を落ち着いて進めることが可能になります。

メリット2:納税資金が不要なため、会社のキャッシュを毀損しない

もし事業承継税制を使わずに株式を承継すれば、多額の納税資金が必要となり、会社の内部留保を取り崩したり、個人が金融機関から借り入れをしたりする必要が出てきます。

本制度を使えば、その必要がありません。
会社のキャッシュ〈手元資金〉を温存できるため、運転資金や設備投資、人材採用といった成長投資に資金を回すことができます。

これは企業価値の維持・向上に直結し、将来のM&A交渉において買い手に対して「財務的に健全である」という強力なアピールポイントになります。

メリット3:M&Aまでの時間的猶予が生まれ、企業価値向上に注力できる

すぐにM&Aに踏み切るのではなく、一旦この制度を使って次世代に承継し、数年間かけて事業をさらに磨き上げる、という戦略も考えられます。

M&Aを駅伝に例えるなら、事業承継税制は次走者(次世代)にタスキを渡すまでの「給水ポイント」のようなものです。

ここで一息つき、体勢を整えることで、より良い条件でM&Aというゴールテープを切ることを目指せます。

【要注意】専門家が警鐘を鳴らす!M&A活用時の4つのデメリットとリスク

メリットがある一方で、私が独立系コンサルタントとして警鐘を鳴らしたいのは、やはりそのデメリットとリスクです。特にM&Aを視野に入れる場合は、以下の点を必ず理解しておいてください。

デメリット1:M&Aによる株式譲渡で納税猶予が打ち切りになる

これは最も重要なリスクです。

制度適用後にM&Aで株式を第三者に売却すると、その時点で納税猶予は打ち切りとなり、原則として猶予されていた税金(本税)を一括で納付しなければなりません。

M&Aで得た売却資金で納税できると思われるかもしれませんが、次のデメリットも考慮に入れる必要があります。

デメリット2:猶予期間に応じた「利子税」の追加負担が発生する

猶予が打ち切られた場合、支払うのは本税だけではありません。
ペナルティとして、猶予されていた期間に応じた「利子税〈りしぜい〉」も合わせて納付する必要があります。

利子税の税率は年によって変動しますが、近年は年0.4%〜0.9%程度で推移しています。
仮に猶予税額が1億円で、10年間猶予されていたとすれば、数百万円単位の利子税が追加で発生する可能性があるのです。

「塵も積もれば山となる」という言葉が、まさに当てはまります。

デメリット3:制度の維持コストと手続きの煩雑さ

納税猶予を継続するためには、事業を続けている限り、毎年、都道府県と税務署へ状況を報告する義務があります。
この報告書の作成は煩雑であり、多くの場合、顧問税理士などの専門家に依頼することになります。

つまり、制度を維持するための事務コストや専門家への報酬が継続的に発生し続けるのです。

デメリット4:M&Aのタイミングや手法が制限される可能性がある

制度には、承継後5年間を「経営承継期間」とし、後継者が代表者を継続する義務などが課せられています。
この期間中に株式を譲渡すれば、即座に猶予は打ち切りです。

また、こうした制約があることで、市況が良いなどM&Aに最適なタイミングが訪れても、制度の縛りによって迅速な意思決定ができない、という事態も起こり得ます。

これは経営の自由度が奪われることを意味し、経営者にとっては大きな足かせとなり得ます。

【専門家の視点】事業承継税制の活用を検討すべきM&Aのケースとは?

では、これほどのデメリットがありながらも、なお活用を検討すべきなのは、どのようなケースなのでしょうか?
私が現場で見てきた経験から、メリットがデメリットを上回る可能性がある3つのケースをご紹介します。

ケース1:自社株の評価額が極めて高く、納税資金の確保が困難な場合

長年の経営努力により内部留保が厚く、自社株の評価額が数億円、数十億円に達しているケースです。
この場合、納税額も莫大になり、会社や個人の資産だけでは納税資金の捻出が到底不可能なことがあります。

このような状況では、納税猶予打ち切りのリスクを理解した上で、一時的にでも納税を回避できるメリットが非常に大きくなります。

ケース2:数年以内にM&Aをする計画はなく、中長期的な企業価値向上を目指す場合

現時点では具体的なM&Aの計画はなく、まずはご子息に経営を任せ、5年、10年かけて事業を成長させたい、という明確なビジョンがある場合です。

この活用法は、制度を「時間稼ぎ」と捉える戦略です。
腰を据えて経営改善に取り組み、企業価値を最大化した上で、将来のM&Aに臨むという考え方です。

ケース3:親族や従業員への承継と、第三者へのM&Aの両方を天秤にかけている場合

「息子に継いでほしい気持ちもあるが、本当にその覚悟があるかわからない」「信頼できる役員への承継も選択肢だが、M&Aの話があれば聞いてみたい」など、承継先の選択肢をすぐには絞れないケースです。

この場合、まず事業承継税制を使って親族に承継し、将来の選択肢を確保しておく、という活用法が考えられます。
ただし、後継者候補の親族と、将来M&Aの可能性があることを事前にしっかりと話し合い、理解を得ておくことが絶対条件です。

失敗しないための専門家選び|誰に相談すべきか?

ここまで読んで、制度の複雑さと判断の難しさを感じられたのではないでしょうか。
だからこそ、誰に相談するか、という専門家選びが極めて重要になります。

なぜ「中立的な」専門家選びが重要なのか

私がこの点を最も強くお伝えしたいのですが、それは専門家の立場によって、アドバイスの方向性が変わる可能性があるからです。

例えば、M&A仲介会社は、M&Aを成立させることが主な収益源です。
そのため、M&Aの足かせになりかねない事業承継税制の利用には、消極的なアドバイスになる傾向があるかもしれません。

一方で、税理士の先生は税務の専門家ですが、M&Aの実務や業界動向に精通しているとは限りません。
制度の活用による税務メリットを優先するあまり、将来のM&A戦略におけるデメリットを見過ごしてしまう可能性もゼロではありません。

だからこそ、特定の利害に縛られず、税務とM&Aの両面を俯瞰し、経営者様の会社の全体最適を考えてくれる「中立的な」アドバイザーの存在が不可欠なのです。

相談先候補(税理士・M&A仲介会社・独立系コンサルタント)のメリット・デメリット比較

では、具体的にどのような相談先があるのでしょうか。それぞれの特徴を比較してみましょう。

相談先メリットデメリット・注意点
税理士・事業承継税制の専門家
・税務リスクを正確に把握できる
・顧問税理士なら自社の内情に詳しい
・M&Aの実務や相場観に疎い場合がある
・税務メリットを優先しがち
M&A仲介会社・M&Aの相手探しに強い
・業界動向やM&A市場に精通している
・M&A成立が前提のビジネスモデル
・事業承継税制の活用には消極的な場合も
独立系M&Aコンサルタント/FA・特定の利害に縛られず中立的
・税務・法務・M&Aを横断的に助言
・経営者の利益を最優先する
・専門家によってスキルや経験の差が大きい
・信頼できる専門家を見つける必要がある

相談前に経営者自身が整理しておくべき3つのこと

専門家に相談する前に、丸投げにするのではなく、経営者様ご自身で考えていただきたい点が3つあります。

  1. M&Aの目的は何か?(例:創業者利益の確保、従業員の雇用維持、事業の成長)
  2. 希望する時期はいつか?(例:3年以内、5〜10年後、決めていない)
  3. 譲れない条件は何か?(例:社名は残したい、従業員の待遇は維持したい)

これらを整理しておくだけで、専門家との面談が非常に密度の濃いものになります。

よくある質問(FAQ)

Q: 事業承継税制の適用後にM&Aで株式を売却した場合、猶予されていた税金は必ず全額納付が必要ですか?

A: 原則として、譲渡した株式に対応する部分の納税猶予が打ち切られ、本税と利子税の納付が必要です。

ただし、承継から5年経過後にM&Aを行うなど一定の条件下では、売却時の株価で税額を再計算し、当初の猶予税額より負担が軽減される場合があります。

しかし、この手続きは非常に複雑なため、必ず事前に専門家へ確認が必要です。

Q: 個人事業主ですが、M&Aを視野に入れた事業承継で使える税制はありますか?

A: はい、「個人版事業承継税制」という制度があります。
法人版と同様に、一定の要件を満たせば事業用資産にかかる贈与税・相続税の納税が猶予・免除されます。

M&Aを検討する場合の注意点も法人版と類似しているため、専門家への相談が不可欠です。

Q: 納税猶予が打ち切りになった場合の利子税はどのくらいの負担になりますか?

A: 利子税の税率は毎年変動しますが、決して無視できない負担となります。

特に猶予期間が長くなるほど利子税も雪だるま式に膨らむため、制度利用の金銭的リスクとして正確にシミュレーションしておく必要があります。

Q: 「特例承継計画」の作成は難しいですか?

A: はい、専門的な知識が求められます。

特例承継計画の作成には、事業の現状分析や5年間の経営計画などを盛り込む必要があり、税理士などの「認定経営革新等支援機関」の指導・助言を受けることが要件となっています。

そのため、経営者様が単独で作成することは困難です。

Q: 相談する専門家は、税理士とM&Aアドバイザーのどちらが先ですか?

A: 一概には言えませんが、私が推奨するのは、まず制度に詳しい税理士に相談し、自社が適用対象になるか、税務上のリスクはどの程度かを把握することです。

その上で、M&Aの具体的な戦略については、私のような中立的なM&AコンサルタントやFA〈ファイナンシャル・アドバイザー〉に相談し、セカンドオピニオンを得るのが理想的な進め方です。

まとめ

事業承継税制は、M&Aを検討する経営者様にとって、まさに諸刃の剣となり得る制度です。

後継者の税負担を一時的にゼロにするという強力なメリットがある一方で、将来のM&A戦略を縛り、かえって多額の税負担を生むリスクも内包しています。

最も重要なのは、目先の税負担軽減というメリットに飛びつくのではなく、自社の5年後、10年後を見据えた「出口戦略」を明確に持って、制度活用の是非を冷静に判断することです。

そして、その重要な判断には、特定の立場に偏らない、客観的で信頼できる専門家の助言が不可欠です。

この記事が、あなたの会社にとって最善の事業承継とM&Aを実現するための一助となれば、これに勝る喜びはありません。

まずはご自身の会社の現状と、将来のビジョンを整理することから始めてみてください。

信頼できるM&Aパートナーをお探しの方へ

M&Aは経営者にとって一生に一度の重要な意思決定です。成功のためには、豊富な経験と確かな実績を持つ信頼できるパートナーの存在が不可欠です。

株式会社M&Aコーポレート・アドバイザリーの谷口友保代表は、東京大学経済学部卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)、M&A専門コンサルティング会社での豊富な経験を経て、2007年に同社を設立。代表者が全案件を直接担当する体制により、一貫した高品質なサービスを提供しています。

同社では、企業価値評価から交渉戦略の立案、クロージングまでを総合的にサポート。中堅・中小企業のM&Aにおいて、経営者に寄り添った仲介サービスで数多くの成功実績を積み重ねています。

M&Aをご検討の経営者の方は、ぜひ無料相談をご利用ください。代表者が直接対応し、貴社の状況に応じた具体的なアドバイスを提供いたします。

※本記事は情報提供を目的としており、特定のサービスの推奨を行うものではありません。M&Aに関する意思決定は、ご自身の状況に応じて慎重にご判断ください。

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