M&A後の税金はいくら?会社売却で経営者の手取りを最大化する節税スキームを元銀行員が解説

会社を我が子のように育て、いよいよM&Aによる売却を決断された経営者の皆様。
その最大の関心事の一つは「最終的に、自分の手元にいくら残るのか?」ではないでしょうか。
実は、M&Aのスキームや税金対策の有無によって、手取り額は何千万円、場合によっては億円単位で変わってきます。

こんにちは、元銀行員で独立系M&Aコンサルタントの高橋健一です。
私は金融機関時代から、多くの経営者が税金で損をしないための最適な選択を模索する姿を目の当たりにしてきました。

この記事では、特定の金融機関や仲介会社に偏らない完全に中立な立場から、会社売却でかかる税金の基本から、手取りを最大化するための具体的な節税スキーム、そして失敗しない専門家選びのポイントまで、経営者の皆様が「納得感のあるM&A」を実現するために必要な知識を分かりやすく解説します。

【この記事の結論】M&Aの税金対策3つの鉄則

M&A・会社売却で経営者の手取り額を最大化するには、税金に関する戦略的なプランニングが不可欠です。特に重要なポイントは以下の3つです。

  1. 税率の基本を理解する
    中小企業M&Aで一般的な「株式譲渡」の場合、株主個人にかかる税率は一律「20.315%」です。まずはこの数字を基本として押さえましょう。
  2. 最も有効な節税策を知る
    税制上優遇される「役員退職金」の活用が最も効果的です。譲渡対価の一部を役員退職金として受け取ることで、課税額を大幅に圧縮できる可能性があります。
  3. 専門家へ相談するタイミング
    最適な節税策を講じるには、M&Aの交渉初期段階での組み込みが必須です。売却の検討を始めたら、すぐにM&Aに強い税理士へ相談することが成功の鍵を握ります。
記事執筆者:高橋健一
中小企業のM&A、特に5億円規模の取引において、高橋健一は独立系コンサルタントとして揺るぎない存在感を放っている。大手金融機関でのキャリアから独立し、現在は「M&A 5億の扉」の専門家として、売り手経営者の立場に立った情報発信と助言を行う。
 
監修兼編集者:谷口友保
株式会社M&Aコーポレート・アドバイザリー
1971年埼玉県上尾市生まれ。1994年東京大学経済学部経営学科卒業、同年公認会計士2次試験合格。翌年同学部経済学科を卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。1996年にM&A専門の株式会社レコフへ。2007年、株式会社M&Aコーポレート・アドバイザリーを設立し代表取締役に就任。
目次

M&A・会社売却でかかる税金の基本

まず、会社売却における税金の全体像を把握しましょう。
「税金」と一括りにしがちですが、M&Aの手法によって課税される対象も税率も全く異なります。

まずは結論:個人株主の税率は一律「20.315%」

中小企業のM&Aで最も一般的な「株式譲渡」〈=会社の株式を売買することで経営権を移転する手法〉の場合、税金は会社のオーナー経営者、つまり株主個人にかかります。
その税率は、譲渡によって得た利益(譲渡所得)に対して、所得税・住民税・復興特別所得税を合わせて一律20.315%です。

【内訳】
  • 所得税:15%
  • 復興特別所得税:0.315%(所得税額の2.1%)
  • 住民税:5%

この税率は、給与所得などのように利益が大きくなるほど税率が上がる「総合課税」とは異なり、「申告分離課税」という方式が適用されるため、譲渡所得がいくらであっても一定です。
まずはこの「約2割」という数字を基本として押さえてください。

税金の計算方法:譲渡所得はこう算出する

では、課税対象となる「譲渡所得」はどのように計算するのでしょうか。
計算式は非常にシンプルです。

譲渡所得 = 譲渡価額 – (取得費 + 譲渡費用)

各項目を具体的に見ていきましょう。

  • 譲渡価額:これは会社を売却した金額、つまり買い手から受け取る対価そのものです。
  • 取得費:その株式を取得するために要した費用を指します。創業オーナーであれば、会社設立時の資本金の出資額がこれにあたります。
  • 譲渡費用:株式を売却するために直接かかった費用のことです。代表的なものに、M&A仲介会社やファイナンシャル・アドバイザー(FA)に支払う仲介手数料があります。

私が銀行員時代に担当した案件でも、この譲渡費用を漏れなく計上することが、最終的な手取り額に大きく影響する重要なポイントでした。
この計算式で算出された譲渡所得に、先ほどの税率20.315%を掛けることで、納めるべき税額が確定します。

「株式譲渡」と「事業譲渡」で税金は全く違う

ここで注意すべきは、M&Aには「事業譲渡」というもう一つの主要な手法があることです。
これは、会社の経営権そのものではなく、会社の事業の一部または全部を売却する手法です。
この二つは、税金の観点から見ると全くの別物です。

  • 株式譲渡
    • 課税対象:株主である個人
    • 税率:譲渡所得に対して20.315%
  • 事業譲渡
    • 課税対象:事業を売却した会社(法人)
    • 税率:売却益に対して法人税等(実効税率 約30~35%)

ご覧の通り、課税される主体と税率が根本的に異なります。
事業譲渡の場合、売却益は会社の利益として計上され、法人税の対象となります。

さらに、その利益をオーナー個人が受け取る際には、配当や役員報酬として再度所得税がかかるため、一般的に税負担は株式譲渡よりも重くなる傾向があります。
どちらのスキームを選択するかは、M&Aの初期段階で検討すべき極めて重要な戦略判断です。

M&Aの種類については以下の記事が参考になりますので、一度ご覧になってください。

【5億円で売却】手取り額シミュレーション

では、具体的な数字を用いて、税金対策の有無で手取り額がどれほど変わるのかを見ていきましょう。
ここでは、以下の条件で会社を売却したと仮定します。

  • 譲渡価額:5億円
  • 取得費(資本金):1,000万円
  • 譲渡費用(仲介手数料):2,500万円
  • 役員在任年数:30年
  • 最終報酬月額:200万円

ケース1:節税策なしの場合

まず、何の節税策も講じず、シンプルに株式譲渡を行った場合の税額を計算します。

  1. 譲渡所得の計算
    5億円 – (1,000万円 + 2,500万円) = 4億6,500万円
  2. 税額の計算
    4億6,500万円 × 20.315% = 約9,447万円
  3. 最終的な手取り額
    5億円 – 2,500万円(譲渡費用) – 9,447万円(税金) = 約3億8,053万円

約9,447万円という高額な税金が課されることが分かります。

ケース2:節税スキーム(役員退職金)を活用した場合

次に、譲渡対価5億円のうち、1億円を「役員退職金」として会社から受け取り、残りの4億円を株式の譲渡対価として受け取るケースを考えます。

【ステップ1:役員退職金にかかる税金】

  1. 退職所得控除額の計算
    勤続30年の場合、計算式は「800万円 + 70万円 × (30年 – 20年)」となります。
    800万円 + 70万円 × 10年 = 1,500万円
  2. 課税退職所得金額の計算
    退職所得は、控除後の金額をさらに1/2にできる税制優遇があります。
    (1億円 – 1,500万円) × 1/2 = 4,250万円
  3. 退職所得にかかる所得税・住民税の計算
    4,250万円に対する所得税・住民税を速算表で計算すると、約1,688万円となります。

【ステップ2:株式譲渡にかかる税金】

  1. 譲渡所得の計算
    譲渡価額が4億円になるため、計算は以下のようになります。
    4億円 – (1,000万円 + 2,500万円) = 3億6,500万円
  2. 税額の計算
    3億6,500万円 × 20.315% = 約7,415万円

【ステップ3:合計税額と最終手取り額】

  • 合計税額:約1,688万円 + 約7,415万円 = 約9,103万円
  • 最終的な手取り額:5億円 – 2,500万円(譲渡費用) – 9,103万円(合計税金) = 約3億8,397万円

【ケース1とケース2の比較表】

項目ケース1(節税策なし)ケース2(役員退職金活用)差額
株式譲渡所得税約9,447万円約7,415万円
退職所得税0円約1,688万円
合計税額約9,447万円約9,103万円約344万円の節税
最終手取り額約3億8,053万円約3億8,397万円約344万円の増加

このシミュレーションでは、役員退職金の金額を1億円としましたが、この金額を適正な範囲でさらに増やすことで、節税効果はより大きくなります。
このように、スキームの設計次第で手取り額が数百万円、場合によっては数千万円単位で変わってくるのです。

5億円売却時の手取り比較

経営者の手取りを最大化する3つの節税スキーム

それでは、具体的にどのような節税スキームがあるのでしょうか。
ここでは代表的な3つの手法を、私の実務経験を踏まえて解説します。

スキーム1:王道にして最も効果的な「役員退職金の活用」

先ほどのシミュレーションでも用いた、最も効果的で広く活用されている節税スキームです。
なぜこれほど効果的なのか。理由は、退職所得が税制上、非常に優遇されているからです。
ポイントは「退職所得控除」と「1/2課税」の二つです。
長年の会社への貢献に報いるための制度であり、これを活用しない手はありません。

ただし、注意点もあります。それは、不相当に高額な役員退職金は税務署から否認されるリスクがあるということです。
では、いくらまでが妥当な金額なのでしょうか。一般的には「功績倍率法」という計算式が目安になります。

適正な役員退職金額 = 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率

この「功績倍率」は、社長(代表取締役)であれば3.0倍程度が一つの目安とされています。
この範囲内で、会社の財務状況や買い手との交渉を踏まえ、最適な金額を設定していくことが重要です。

スキーム2:組織再編を伴う「会社分割の活用」

これは少し専門的になりますが、特定の状況下で非常に有効なスキームです。
例えば、会社の中に買い手が「欲しい事業」と「不要な事業(不動産など)」が混在しているケースを考えてみてください。
この場合、会社全体を株式譲渡すると、不要な資産の価値まで売却価格に含まれてしまい、余計な税金がかかる可能性があります。

そこで「会社分割」〈=特定の事業を切り出して新会社を設立する組織再編手法〉を活用します。
欲しい事業だけを新会社に移し、その新会社の株式を買い手に譲渡するのです。
これにより、課税対象を必要な事業だけに絞り込むことが可能になります。
ただし、手続きが複雑で時間もかかる上、税務上の要件(税制適格要件)を満たさないと予期せぬ課税が生じるリスクもあります。
これはまさに専門家の腕の見せ所であり、高度なタックスプランニングが求められる領域です。

スキーム3:応用編「第三者割当増資の活用」

これは、厳密には「節税」とは目的が異なりますが、税金が発生しないスキームとして知っておくべき手法です。
通常の株式譲渡が「既存の株を売る」のに対し、第三者割当増資は「買い手に対して新株を発行する」手法です。
買い手は新株を引き受けることで会社の経営権を取得します。

この方法では、既存株主であるオーナー経営者は株式を売却していないため、譲渡所得が発生せず、所得税もかかりません。

しかし、最大の注意点は、買い手が支払ったお金は会社に入るということです。
オーナー個人の手元に現金は入らないため、創業者利益を確保したい場合には適しません。

事業の成長資金を確保しつつ、経営をパートナーに任せたい、といった特定の目的で活用されるスキームです。

失敗しない専門家選びが成否を分ける

ここまで様々なスキームを解説してきましたが、これらを経営者お一人で判断し、実行するのは不可能です。
M&Aの成否は、適切な専門家と組めるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。

なぜM&Aに強い税理士が必要なのか?

「税金の話なら、長年付き合いのある顧問の先生に頼めばいいのでは?」
そう思われる経営者も多いかもしれません。しかし、私はその考えには警鐘を鳴らしたい。
なぜなら、日常的な税務とM&Aの税務は、全く異なる専門性が要求されるからです。

M&Aに強い税理士は、節税スキームの立案だけでなく、買い手側から提示される契約書に潜む税務リスクを洗い出す「税務デューデリジェンス」の専門家でもあります。
彼らの知見なくして、安心してM&Aのゴールテープを切ることはできません。

見極めるべき3つのポイント:実績・中立性・相性

では、どうすれば信頼できるM&A税理士を見つけられるのでしょうか。
私が独立した専門家としてアドバイスする上で、常に重視しているのは以下の3点です。

1. 実績

M&A、特に同業種・同規模の案件を何件手掛けたことがあるか、具体的な実績を確認しましょう。経験に裏打ちされた知見は何物にも代えがたい価値があります。

2. 中立性

特定のM&A仲介会社や特定のスキームに偏ることなく、あなたの会社にとってのメリット・デメリットを公平に説明し、複数の選択肢を提示してくれるかを見極めてください。

3. 相性

これが意外と重要です。専門用語を並べるだけでなく、経営者の視点に立って分かりやすい言葉で説明してくれるか。人生の大きな決断を共に乗り越えるパートナーとして、信頼関係を築ける相手かどうかを感じ取ってください。

相談する最適なタイミングは「M&Aの検討開始直後」

「税金の話は、売却の条件がある程度固まってからでいいだろう」
これは、私が銀行員時代に何度も目にした、最も典型的な失敗パターンです。

M&Aのプロセスは、一度進み始めると後戻りが難しい駅伝のようなものです。
税務戦略という重要なタスキを、最終区間になってから慌てて用意しても間に合いません。

最適な節税スキーム(特に役員退職金の活用など)は、M&Aの交渉初期段階で組み込んでおく必要があります。
契約の基本合意がなされた後では、打てる手が著しく制限されてしまうのです。
M&Aを本気で考え始めたその瞬間こそが、税理士に相談するベストなタイミングです。

よくある質問(FAQ)

Q: 会社売却で得たお金に、相続税はかかりますか?

A: 会社売却で得た現金そのものに相続税はかかりません。しかし、その現金をオーナー経営者が保有したまま亡くなられた場合、その現金は相続財産として相続税の課税対象となります。生前のうちに資産承継の計画を立てておくことが重要です。

Q: 株式の取得費が不明な場合はどうなりますか?

A: 創業時から経営していて取得費の資料がない場合など、取得費が不明な場合は、譲渡価額の5%を概算取得費として計上することが認められています。ただし、実際の取得費が5%を上回ることを証明できる資料があれば、実際の金額で計算する方が有利です。

Q: 役員退職金はいくらまでなら認められますか?

A: 税務上、明確な上限額はありませんが、「最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率」で計算される金額が一般的です。功績倍率は役職によって異なり、社長の場合は3.0倍程度が目安とされています。不相当に高額と判断されると、超過分は損金として認められないリスクがあります。

Q: 節税に失敗する典型的なパターンはありますか?

A: M&Aの交渉が最終段階になってから慌てて税理士に相談するケースです。この段階では、契約内容の変更が難しく、最適な節税スキームを導入できないことが多々あります。また、M&Aの経験が乏しい専門家に依頼し、税務リスクを見逃してしまうケースも散見されます。

Q: 銀行やM&A仲介会社に税金の相談もできますか?

A: 相談は可能ですが、彼らは税務の専門家ではありません。一般的な知識はあっても、個別の状況に応じた最適なタックスプランニングはできません。必ずM&Aに精通した税理士に直接相談し、セカンドオピニオンを得ることを強く推奨します。これは、私が銀行員時代に痛感したことです。

まとめ

本記事では、会社売却における税金の基本から、経営者の皆様の手取りを最大化するための具体的な節税スキーム、そして成功の鍵を握る専門家選びまでを解説しました。

重要なのは、M&Aの税金は「株式譲渡で20.315%」という単純な話ではなく、戦略的なプランニングによって手取り額を大きく変えられるという事実です。

特に「役員退職金の活用」は非常に有効ですが、そのためにはM&Aの検討初期段階から、経験豊富で中立的な税理士をパートナーに迎えることが不可欠です。

人生を賭けて築き上げた大切な会社です。最後に出口で損をすることがないよう、正しい情報を武器に、経済的にも精神的にも「納得感のあるM&A」を実現してください。

信頼できるM&Aパートナーをお探しの方へ

M&Aは経営者にとって一生に一度の重要な意思決定です。成功のためには、豊富な経験と確かな実績を持つ信頼できるパートナーの存在が不可欠です。

株式会社M&Aコーポレート・アドバイザリーの谷口友保代表は、東京大学経済学部卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)、M&A専門コンサルティング会社での豊富な経験を経て、2007年に同社を設立。代表者が全案件を直接担当する体制により、一貫した高品質なサービスを提供しています。

同社では、企業価値評価から交渉戦略の立案、クロージングまでを総合的にサポート。中堅・中小企業のM&Aにおいて、経営者に寄り添った仲介サービスで数多くの成功実績を積み重ねています。

M&Aをご検討の経営者の方は、ぜひ無料相談をご利用ください。代表者が直接対応し、貴社の状況に応じた具体的なアドバイスを提供いたします。

※本記事は情報提供を目的としており、特定のサービスの推奨を行うものではありません。M&Aに関する意思決定は、ご自身の状況に応じて慎重にご判断ください。

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